店舗を閉店・移転するとき、内装や厨房設備をすべて撤去してスケルトンへ戻すのではなく、現在の状態を後継テナントへ引き継ぐ「居抜き退去」を検討できることがあります。
成立すれば、原状回復・解体・廃棄にかかる費用を抑えられたり、造作や設備の譲渡代金を受け取れたりする可能性があります。
ただし、居抜きは現借主と買い手だけで決められるものではありません。
貸主が現在の内装・設備を残した状態での退去を認め、後継テナントを承認し、新しい賃貸借や造作譲渡の条件まで整って初めて成立します。
買い手候補が見つかっても、貸主審査に通らなかったり、原状回復免除の条件がまとまらなかったりすれば、通常の原状回復へ戻す必要があります。
この記事では、店舗を閉店するときに居抜き退去を使える条件、メリット・デメリット、貸主相談から引渡しまでの流れ、成立しなかった場合に備えて確認したい7項目を整理します。
「居抜きと通常の原状回復のどちらを選ぶか」を先に比較したい場合は、居抜き退去と原状回復の比較を確認してください。
店舗閉店時の「居抜き退去」とは?
居抜き退去は、店舗の内装・造作・厨房設備・什器などの全部または一部を残し、後継テナントへ引き継ぐ形で現在の店舗から退去する方法です。
一般的な店舗退去では、賃貸借契約に基づいて借主が設置した造作・設備を撤去し、契約で定められた状態へ原状回復して明け渡すことがあります。
一方、貸主が残置・承継を認めれば、現在の造作等を撤去せずに次の借主へ引き継げる場合があります。
ただし、「居抜きにする」と決めただけで現在の原状回復義務が自動的になくなるわけではありません。
現在の借主について、何を残してよいのか、どこまで原状回復を免除・変更するのかを貸主と明確にしておく必要があります。
居抜きには複数の契約関係がある
「居抜き」と呼ばれていても、法的・契約上の形は一つではありません。
よくある形は、
- 現在の借主の賃貸借契約を終了する
- 現在の借主と後継テナントの間で造作・設備等を譲渡する
- 貸主と後継テナントが新しい賃貸借契約を締結する
というものです。
この場合、現在の賃借権そのものを後継者へ譲渡するとは限りません。
一方、賃借権の譲渡・転貸という形を取る場合、民法612条では貸主の承諾が必要とされています。
そのため、すべての居抜きを「賃借権譲渡」と決めつけず、現在の契約を終了して後継者が新規契約するのか、別のスキームなのかを確認してください。
店舗を居抜きで閉店するメリット
原状回復・解体費を抑えられる可能性がある
貸主が内装・設備の残置を認めれば、スケルトン工事や設備撤去の一部を行わずに済む可能性があります。
特に、
- 厨房設備が多い飲食店
- 給排水設備の多い美容室
- 大型造作のある物販店
- 排気ダクト・防水・床上げ等がある店舗
では、撤去範囲が減ることで退去費用へ大きく影響する場合があります。
ただし、貸主と合意した範囲以外の撤去・補修が残ることもあるため、「居抜き=原状回復費ゼロ」とは限りません。
造作・設備を売却できる可能性がある
内装造作や厨房機器、什器等に中古価値があれば、後継テナントへ有償で譲渡できることがあります。
原状回復で壊して処分する場合と比べ、資産を現金化できる可能性があります。
ただし、売却できるのは原則として自社が処分権限を持つものです。
貸主所有設備やリース・レンタル機器まで勝手に譲渡することはできません。
営業できる期間を長く取れることがある
居抜きが成立すると、大規模な解体工事期間を減らせる場合があります。
その結果、営業終了日を通常退去より後ろへ設定できる可能性があります。
ただし、貸主検査、後継テナントへの引渡し、残置物整理等の日程は必要です。
廃棄物を減らせる可能性がある
使える内装・設備を後継テナントがそのまま利用すれば、解体廃材や設備処分を減らせる可能性があります。
居抜きが成立しない場合でも、売却可能な設備・什器は設備・什器買取を先に検討できます。
居抜き退去のデメリット・リスク
貸主が認めなければ成立しない
店舗の内装・設備を残すことは、現在の借主だけでは決められません。
契約でスケルトン返しが定められている場合でも、貸主が居抜きへの変更を認めることはありますが、必ず認められるわけではありません。
貸主承諾については居抜き退去で貸主の承諾を得るときの確認事項も確認してください。
買い手候補が見つかっても成立とは限らない
後継テナント候補と造作価格の話がまとまっても、貸主が候補者を新しい借主として承認するとは限りません。
新しい借主について、
- 業態
- 信用力
- 保証会社審査
- 賃料条件
- 営業時間
- 臭気・騒音・排気等
が審査されることがあります。
「買い手が見つかった=居抜き成立」ではなく、貸主審査と新賃貸借契約までを成立条件として考えます。
閉店情報が早く外部へ出る可能性がある
後継テナント募集を始めると、物件情報や内見を通じて閉店予定が知られる可能性があります。
従業員・取引先・顧客への告知前なら、募集方法、店舗名・住所の公開範囲、内見時間等を仲介会社と調整してください。
設備の故障・所有権でトラブルになることがある
造作譲渡では、何を引き渡すかを明確にする必要があります。
- メーカー・型番
- 製造年
- 所有者
- リース・レンタルの有無
- 動作状態
- 不具合
- 付属品
を整理します。
「店内にある物をすべて譲渡する」と曖昧に決めると、貸主設備やリース品まで対象に含めてしまう可能性があります。
後継テナント探しに時間を使いすぎると原状回復が間に合わない
居抜き退去で特に注意したい点です。
退去期限ぎりぎりまで後継テナントを探し、最終的に不成立となると、そこから解体・原状回復工事を発注する時間が足りなくなる可能性があります。
居抜きを検討する場合でも、原状回復の見積と工期確認は並行して進めてください。
閉店時に居抜きを検討するときの7つの確認
1.賃貸借契約と解約予告を確認する
最初に確認するのは、現在の賃貸借契約です。
- 解約予告期間
- 原状回復範囲
- スケルトン返しの有無
- 造作・設備の扱い
- 賃借権譲渡・転貸禁止条項
- 残置物条項
- 明渡し期限
を確認します。
居抜きが成立しなかった場合の通常退去条件を把握しておくことが重要です。
店舗閉店時の原状回復は店舗閉店時の原状回復で整理しています。
2.買い手探しより先に貸主へ相談する
貸主へ何も相談せず、後継テナントと譲渡価格まで確定するのは避けます。
先に確認したいのは、
- 居抜きでの退去を検討できるか
- 後継テナントの業態制限
- 貸主審査の条件
- 募集を開始してよい時期
- 残してよい造作・設備
- 原状回復をどこまで免除・変更できるか
です。
貸主から「候補者が決まってから判断する」と言われる場合でも、募集自体の可否と基本条件を先に確認してください。
3.造作・設備の所有権を整理する
次に、後継テナントへ渡せるものを棚卸しします。
| 区分 | 居抜き譲渡前の確認 |
|---|---|
| 自社購入設備 | 自社所有なら譲渡候補 |
| 貸主設備 | 勝手に売却しない |
| リース・レンタル | 原則として契約先との返却・承継条件を確認 |
| 前テナントから引き継いだ設備 | 現在の所有権・契約書を確認 |
| 造作 | 貸主との原状回復・残置条件を確認 |
譲渡対象は一覧にし、写真・型番・状態とともに整理しておくと候補者との認識差を減らせます。
4.後継テナントを募集する
貸主の基本承諾を得たら、後継テナント候補を探します。
募集では、
- 立地
- 店舗面積
- 現業態
- 希望業態
- 賃料条件
- 譲渡対象
- 造作譲渡希望額
- 引渡し可能時期
などを整理します。
造作価格だけを高く設定して候補が見つからないと、原状回復へ切り替える時間を失う可能性があります。
価格より「退去総額」を見ることも重要です。
5.候補者を貸主審査へ進める
候補者が見つかったら、貸主・管理会社による審査へ進みます。
この段階で、
- 新しい賃料・保証金等
- 保証会社
- 使用目的・業態
- 営業時間
- 工事条件
- 新賃貸借の開始日
などが調整されます。
候補者との造作譲渡契約は、貸主承諾や新しい賃貸借契約が成立しなかった場合の扱いを明確にしておく必要があります。
造作譲渡の実務では、貸主の承諾と後継テナントの新賃貸借契約成立を条件として扱う契約例もあります。
6.造作譲渡と原状回復免除を別々に確定する
居抜きでは、少なくとも次の2つを分けて考えます。
現在の借主と後継テナントの間:何を、いくらで、どの状態で譲渡するか
現在の借主と貸主の間:何を残して明け渡してよく、どの原状回復義務を免除・変更するか
後継テナントと造作譲渡契約を結んだだけで、貸主に対する現在の原状回復義務が当然に消えるわけではありません。
明渡し時に、
- 残置を認める設備・造作
- 撤去するもの
- 補修する部分
- 現在の借主の原状回復義務の終了範囲
- 後継テナントが将来退去するときの扱い
を貸主・管理会社と書面で確認しておくと安全です。
7.居抜きを諦める切替期限を決める
居抜き募集を開始するときに、通常退去へ切り替える期限も決めておきます。
切替期限は「退去○日前」と全国一律に決めるのではなく、
- 原状回復工事に必要な期間
- 石綿事前調査等の準備
- 貸主・管理会社の工事申請期間
- 設備・残置物撤去
- 貸主完了検査
- 是正工事の予備日
から逆算します。
例えば、退去期限から原状回復工期・貸主検査・是正期間を逆算し、その日までに後継テナントの審査や条件合意が進んでいなければ通常退去へ切り替える、という判断基準を持ちます。
居抜きに固執して明渡し期限を超える方が、最終的な損失が大きくなる可能性があります。
居抜き退去の流れ
- 契約書を確認する
解約予告、原状回復、譲渡・転貸、残置物等を確認します。 - 貸主・管理会社へ事前相談する
居抜き募集の可否と基本条件を確認します。 - 造作・設備を棚卸しする
所有権、リース、状態、譲渡対象を整理します。 - 後継テナントを募集する
譲渡条件と引渡し時期を提示します。 - 候補者を貸主審査へ進める
業態・信用・新賃貸条件等を調整します。 - 造作譲渡・新賃貸借・原状回復条件を確定する
各契約が成立する条件と、不成立時の扱いを確認します。 - 引渡し・明渡しを行う
譲渡対象を確認し、鍵返却・旧契約終了まで完了させます。
店舗そのものを居抜きで売却する手続きは店舗を居抜きで売却する流れでも詳しく整理しています。
居抜きが成立しなかったときの代替案
後継テナントが見つからない、貸主承諾が得られない、審査に通らない場合は、通常退去へ切り替えます。
- 売却できる設備・什器を査定する
- リース・レンタル品を返却する
- 残置物を整理する
- 契約に従って原状回復工事を行う
- 貸主検査・是正後に明け渡す
という順番で整理します。
設備を処分する前に設備・什器買取、解体・撤去が必要になった場合は撤去・廃棄も確認してください。
居抜きと原状回復はどちらが得?
居抜きの方が必ず有利とは限りません。
| 比較項目 | 居抜き退去 | 通常の原状回復 |
|---|---|---|
| 原状回復費 | 減らせる可能性 | 契約範囲の工事費が必要 |
| 造作・設備 | 売却・承継できる可能性 | 撤去・処分・個別売却 |
| 貸主承諾 | 重要 | 契約どおりなら通常手続き |
| 後継テナント | 必要になることが多い | 不要 |
| スケジュール | 候補探し・審査が必要 | 工事工程を確定しやすい |
| 不成立リスク | あり | 比較的小さい |
閉店まで十分な時間があり、造作・設備に価値があり、貸主も居抜きに前向きなら検討価値があります。
一方、退去期限が迫っている、貸主がスケルトン返しを強く求めている、後継テナント需要が低い場合は、早めに通常退去へ切り替えた方がよいこともあります。
店舗閉店で居抜きを検討するときのチェックリスト
| 確認項目 | 確認 |
|---|---|
| 解約予告・明渡し期限を確認した | □ |
| 原状回復・スケルトン条項を確認した | □ |
| 買い手探し前に貸主へ相談した | □ |
| 貸主が認める業態・条件を確認した | □ |
| 造作・設備の所有権を整理した | □ |
| リース・レンタル品を分けた | □ |
| 後継テナントの貸主審査を前提にした | □ |
| 造作譲渡と原状回復免除を別に確認した | □ |
| 居抜き不成立時の原状回復見積を取った | □ |
| 通常退去へ切り替える期限を決めた | □ |
店舗閉店・居抜き退去FAQ
閉店する店舗は必ず居抜きで退去できますか?
できるとは限りません。賃貸借契約、貸主の承諾、後継テナントの審査、新しい賃貸借、造作・設備の譲渡条件等が整う必要があります。
居抜きなら原状回復はしなくてよいですか?
自動的に不要になるわけではありません。貸主がどの造作・設備を残してよいと認め、現在の借主の原状回復義務をどこまで免除・変更するかを確認してください。
後継テナントが見つかれば居抜き成立ですか?
まだ成立とは限りません。貸主による候補者審査と、新しい賃貸借契約等が成立する必要があります。
貸主に黙って後継テナントを探してもよいですか?
候補者と条件を確定する前に貸主へ相談する方が安全です。賃借権譲渡・転貸を伴う場合、民法612条でも貸主承諾が問題になります。典型的な居抜きでも、残置・新賃貸借・原状回復条件について貸主確認が必要です。
厨房機器やエアコンは全部売れますか?
自社所有で処分権限があるものが基本です。貸主設備やリース・レンタル品は勝手に譲渡できないため、所有権と契約を確認してください。
居抜き退去のメリットは何ですか?
原状回復・撤去費を抑えられる可能性、造作・設備を譲渡できる可能性、解体工期を減らして営業期間を確保できる可能性などがあります。ただし、いずれも案件ごとに異なります。
居抜き退去のデメリットは何ですか?
貸主不承諾、後継テナント不成立、審査落ち、閉店情報の早期流出、設備不具合・所有権トラブル、通常退去へ切り替える時間不足などがあります。
後継テナントが見つからなかったらどうしますか?
通常の原状回復へ切り替えます。退去期限から工事・検査・是正期間を逆算し、居抜き募集の終了期限をあらかじめ決めておくことが重要です。
造作譲渡契約だけ結べば原状回復義務も後継テナントへ移りますか?
当然には移りません。造作譲渡は現借主と後継者の契約であり、貸主に対する現在の原状回復義務とは別です。貸主が残置を認め、現在の借主の明渡し条件を変更・免除する合意を確認してください。
居抜きの造作価格は高く設定した方が得ですか?
譲渡額だけでなく、後継テナントが決まるまでの賃料、原状回復へ切り替える時間、最終的な撤退費用まで含めて判断します。高値にこだわって成立時期が遅れると、最終負担が増えることがあります。
店舗閉店の居抜きは「買い手探し」より先に貸主と退去条件を確認する
店舗を居抜きで閉店できるかは、造作に価値があるかだけでは決まりません。
契約確認 → 貸主相談 → 所有権整理 → 後継テナント募集 → 貸主審査 → 造作譲渡・新賃貸借・原状回復条件確定 → 引渡し
という順番で進めます。
そして、居抜きが成立しなかった場合に備え、原状回復の見積・工期を並行して確認し、通常退去へ切り替える期限を持つことが重要です。
居抜きと原状回復の比較は居抜き退去と原状回復のどちらを選ぶか、貸主との調整は居抜き退去の貸主承諾、店舗そのものの売却実務は店舗の居抜き売却へ進んでください。
店舗閉店で、居抜き・設備売却・原状回復のどの方法なら撤退費用を抑えられるか整理したい場合は、お問い合わせから相談できます。
