クリニックや診療所を閉院するときは、一般的な店舗の退去よりも確認事項が多くなります。
賃貸借契約の解約や原状回復だけでなく、患者への案内、診療録の保存、診療所の廃止届、医療機器・リース品、診療用X線装置、感染性廃棄物などを同時に整理する必要があるためです。
また、診療を終了する日とテナントを明け渡す日は同じとは限りません。
診療終了後にも、医療機器の搬出、廃棄物処理、内装解体、原状回復、貸主確認、是正工事などが残る可能性があります。
クリニックの閉院・退去では、「閉院日」だけを基準にせず、契約上の明渡し日から逆算して医療と不動産の両方の工程を組むことが重要です。
クリニック閉院・テナント退去の全体的な流れ
| 段階 | 主な確認事項 |
|---|---|
| 1 | 賃貸借契約・解約予告・返還条件を確認 |
| 2 | 診療終了日とテナント明渡し日を決める |
| 3 | 患者案内・紹介先・予約患者への対応を整理 |
| 4 | 診療録・電子カルテ・患者データの保存方法を決める |
| 5 | 閉院・保険医療機関・X線等の行政手続きを確認 |
| 6 | 医療機器・リース品・貸与品を棚卸し |
| 7 | 居抜き・医院承継の可能性を判断 |
| 8 | 感染性廃棄物・薬品・一般廃棄物等を処理 |
| 9 | 原状回復・内装解体を実施 |
| 10 | 完了確認・立会い・鍵返却・明渡し |
これらは完全に順番どおり進むわけではありません。
行政手続き、患者対応、設備整理、退去工事を並行させながら、互いに影響する工程を調整します。
1.最初に賃貸借契約を確認する
閉院を決めたときに、最初に確認したいのがテナントの賃貸借契約です。
診療所を閉めることと、賃貸借契約が終了することは別です。
少なくとも次の項目を確認してください。
- 普通建物賃貸借か定期建物賃貸借か
- 契約期間
- 中途解約の可否
- 解約予告期間
- 違約金
- フリーレント・協力金等の返還条項
- 原状回復範囲
- スケルトン返しの有無
- 指定業者の有無
- 居抜き・造作譲渡に関する条件
- 医療設備を残置できるか
- 明渡しの完了条件
閉院日を先に決めてから契約書を確認すると、解約予告期間中の賃料や違約金が想定外に残ることがあります。
契約書の確認方法については、原状回復の契約書確認も参考にしてください。
2.「閉院日」「契約終了日」「明渡し日」を分ける
クリニックでは少なくとも3つの日付を分けて管理した方がよいでしょう。
| 日付 | 意味 |
|---|---|
| 診療終了日 | 患者への診療を終了する日 |
| 賃貸借契約終了日 | 契約上の賃貸期間が終了する日 |
| 明渡し日 | 契約で求められた状態に戻し、貸主へ物件を返す日 |
実際の契約では契約終了と明渡しの関係が定められているため、契約書と貸主・管理会社の説明を確認してください。
診療終了後には、次のような作業が残る可能性があります。
- 患者対応
- 診療録・書類の整理
- 医療機器の返却・売却・搬出
- X線設備の整理
- 感染性廃棄物の処理
- 什器・備品の撤去
- 内装解体
- 原状回復
- 完了確認
- 退去立会い
- 鍵・カードの返却
診療終了日の翌日を明渡し日に設定できるとは限りません。
3.患者対応を退去工事より先に整理する
閉院するクリニックでは、物件の退去だけでなく、通院中の患者への対応も必要です。
診療内容や患者の状態に応じて、次のような事項を整理します。
- 最終診療日
- 予約済み患者への連絡
- 継続診療が必要な患者への案内
- 紹介先医療機関の検討
- 検査結果・紹介状等の扱い
- 問い合わせ先
- 閉院後の診療情報に関する連絡窓口
患者情報を含むため、閉院案内や引継ぎ方法は通常の顧客リストと同じ感覚で扱わないようにします。
4.診療録・電子カルテの保存場所を退去前に決める
クリニックを閉院し、テナントを返却したからといって、診療録を同時に廃棄できるわけではありません。
医師法では、診療録について5年間の保存義務が定められています。
そのため閉院時には、テナント明渡し後に診療録をどこで、誰が、どのように保存するかを決める必要があります。
紙カルテだけでなく、電子カルテや関連データについても、次を確認します。
- 保存義務が残っている記録
- 閉院後の管理責任者
- 紙資料の保管場所
- 電子データの保存環境
- バックアップ
- アクセス権限
- 電子カルテベンダーとの契約終了後の閲覧方法
- 患者から問い合わせがあった場合の対応
電子カルテの契約を先に解約し、必要な診療情報へアクセスできなくなることがないようにしてください。
5年経過すれば必ず全部捨ててよい、とは考えない
医師法上の診療録保存期間だけでなく、診療内容によって別の記録や保存期間が関係することがあります。
また、医療安全や紛争対応等の観点から法定期間を超えて保存する運用もあり得ます。
「閉院したから廃棄」「5年経過したから全資料を一括廃棄」と機械的に判断せず、記録の種類ごとに確認してください。
5.医院承継と単なる居抜き譲渡を分ける
閉院予定のクリニックに後継者がいる場合、医院の事業承継を検討できることがあります。
ただし、次の2つは同じではありません。
- 内装・造作・医療機器などを譲渡する居抜き
- 医療機関としての事業そのものを承継すること
単に診察室や医療機器を後継テナントへ残しただけで、患者情報や診療録まで自動的に引き継がれるわけではありません。
一方、医療機関の廃止等に伴って別の医療機関が事業を承継する場合には、個人情報保護法上、事業承継に伴う個人データ提供として扱われる場合があります。
物件・設備の譲渡と、診療事業・患者情報の承継を混同しないようにしてください。
クリニックの居抜き退去については、クリニックを居抜きで退去する方法で詳しく整理しています。
6.閉院に伴う行政手続きを確認する
診療所を廃止する場合には、テナントの解約とは別に医療機関としての行政手続きがあります。
医療法では、病院・診療所等を廃止した場合、原則として廃止後10日以内の届出が定められています。
ただし、閉院時の手続きは診療所廃止届だけとは限りません。
自院の状況によって、次のような項目を確認します。
- 診療所の休止・廃止届
- 保険医療機関に関する手続き
- 診療用X線装置等の廃止届
- 麻薬取扱者等の手続き
- 生活保護法等の指定医療機関
- その他の各種指定・届出
- 医療法人の場合の定款・登記等
診療所の廃止届を提出すれば、関連するすべての指定・設備の廃止が自動的に完了するとは限りません。
閉院手続きの詳細は、クリニック閉院時に必要な届出で確認してください。
7.医療機器は所有関係から整理する
院内にある医療機器を、すべて自院の所有物だと思い込まないようにしてください。
閉院時には次のように分けます。
- 自己所有機器
- リース機器
- レンタル機器
- メーカー等からの貸与品
- 貸主所有設備
- 後継者へ譲渡予定の機器
リース機器
リース契約中の医療機器は、閉院するだけで契約が自動的に終了するとは限りません。
契約期間、中途解約、残存リース料、返却方法などをリース会社へ確認します。
自己所有機器
自己所有の機器については、移転先で再使用する、売却する、後継者へ譲渡する、廃棄するといった選択肢があります。
医療機器の種類によって取扱いや搬出条件が異なるため、専門業者やメーカーへ確認します。
貸与・レンタル品
検査機器、酸素関連、通信機器、複合機等に貸与・レンタル品が含まれている場合があります。
不要品処分業者へ渡す前に契約台帳と照合してください。
8.X線装置とX線室は分けて確認する
X線設備のあるクリニックや歯科医院では、「X線装置」と「X線診療室の構造」を分けて確認します。
診療用X線装置
診療用X線装置を廃止する場合は、医療法に基づく設備関係の届出を確認します。
東京都の現行案内では、診療用X線装置を廃止した場合、廃止後10日以内の届出が案内されています。
提出先や様式は所在地によって確認してください。
X線診療室の遮蔽
X線室には放射線防護のための遮蔽構造がありますが、法令が特定の材料として「必ず鉛板を使用する」と一律に定めているわけではありません。
実際には建物や施工方法によって壁・扉等の構成が異なります。
そのため退去時も、「X線室だから鉛を全部撤去する」と決めるのではなく、次を確認します。
- 実際の遮蔽構造
- 入居時の施工内容
- 貸主所有部分
- 借主施工部分
- 賃貸借契約上の返還状態
- 貸主・管理会社の指示
クリニックの原状回復については、クリニックの原状回復で詳しく解説しています。
9.感染性廃棄物は内装解体より前に整理する
クリニック内には、一般的なオフィスや店舗にはない医療廃棄物が残っていることがあります。
特に感染性廃棄物は、通常の残置物や内装解体廃材へ混ぜて処理するものではありません。
閉院前後に次を確認します。
- 感染性廃棄物
- 注射針等の鋭利物
- 薬品類
- 検体関連物
- 非感染性の医療系廃棄物
- 一般事業系廃棄物
- 医療機器
- 内装解体で発生する建設廃棄物
感染性廃棄物については、医療機関側が排出事業者として適正な分別・保管・委託を行う必要があります。
解体業者が来る日に院内のすべてをまとめて持っていってもらう、という考え方は避けてください。
感染性廃棄物など医療固有の物を先に処理し、その後に一般残置物や内装解体へ進む工程にします。
10.居抜き・医院承継を検討するなら解体前に判断する
閉院予定のクリニックでは、内装や医療設備を次の医療機関へ引き継げる可能性があります。
特に医療モールや診療所向け物件では、医療用途の設備を残すことに貸主側のメリットがある場合もあります。
ただし、借主だけで「設備を残して退去する」と決めることはできません。
次の順番で確認します。
- 賃貸借契約の返還条件を確認
- 貸主・管理会社へ居抜き・医療用途継続の可否を確認
- 設備の所有権・リースを確認
- 後継者候補・譲渡対象を整理
- 診療事業を承継するのか、設備だけ譲渡するのかを分ける
- 不成立の場合に原状回復へ切り替える期限を決める
先にX線室や給排水、医療設備を撤去すると、居抜き価値を失う可能性があります。
11.原状回復は医療設備の撤去範囲を先に確定する
クリニックの原状回復では、一般的な床・壁・天井だけでなく、診療科によって多くの特殊設備があります。
例として次のような設備が挙げられます。
- 受付カウンター
- 診察室の間仕切り
- 診察台・歯科ユニット
- 床下配管
- 給排水
- 給湯設備
- 電気容量増設
- X線診療室
- 診療用X線装置
- 医療ガス
- 特殊空調
- 看板・サイン
これらをどこまで撤去するかは、物件・契約・入居時状態・貸主との合意によって変わります。
「医療機関だから全部撤去」「スケルトン返しだから建物設備まで全部撤去」と自己判断せず、工事範囲を書面で整理してから見積を取ります。
12.内装解体は医療設備を整理してから発注する
原状回復範囲が決まったら、必要に応じて内装解体を発注します。
クリニックでは解体業者だけで完結しない作業が含まれることがあります。
たとえば、X線装置、医療機器、医療ガス、感染性廃棄物などは、それぞれ専門事業者や所管行政との確認が必要になることがあります。
工事会社へ依頼するときは、次を明確にします。
- 撤去対象
- 残す設備
- 医療機器の搬出担当
- X線設備の処理
- 医療ガスの切離し
- 感染性廃棄物の処理完了
- 一般残置物の撤去
- 石綿事前調査等の必要性
- 解体廃棄物の処理
- 完工期限
詳細は、クリニックの内装解体を確認してください。
13.閉院届を出したからといって工事の準備が全部終わるわけではない
医療法上の診療所廃止手続きと、不動産上のテナント退去は別の手続きです。
閉院届を提出したからといって、次の事項が自動的に完了するわけではありません。
- 賃貸借契約の解約
- 原状回復範囲の確定
- X線装置の廃止手続き
- 医療機器の返却
- 感染性廃棄物の処理
- 診療録の保存
- 保険医療機関等の関連手続き
「行政上の閉院」と「物件の明渡し」を別の工程表で管理し、最後に一つのスケジュールへ統合すると整理しやすくなります。
14.閉院後も使うライフライン・通信を確認する
診療終了日と同時に、電気・水道・通信等をすべて停止すると、その後の撤去作業に支障が出ることがあります。
たとえば次の作業で必要になる場合があります。
- 医療機器の動作確認
- 中古査定
- 電子カルテデータの移行
- 搬出作業
- 原状回復工事
- 清掃
- 完了検査
電子カルテやクラウドサービスも、診療終了日だけで解約日を決めず、診療録保存・データ移行・閲覧方法を確認してから停止します。
15.最後は完了確認・立会い・鍵返却まで行う
原状回復工事が終わっても、直ちにテナント退去が完了するとは限りません。
明渡し前には次の事項を確認します。
- 契約上の返還状態になっているか
- 医療機器・リース品が残っていないか
- 感染性廃棄物等が残っていないか
- X線・特殊設備の処理が完了しているか
- 原状回復工事の未施工箇所がないか
- 追加是正の有無
- 看板・館内表示を撤去したか
- 鍵・入館カード・リモコン等を揃えたか
- 貸主・管理会社の確認を受けたか
明渡し手順の一般的な流れは、店舗の明け渡し手順も参考になります。
クリニック閉院で先にやらない方がよいこと
医療機器をすぐ処分する
自己所有かリースか、移転利用できるか、後継者へ譲渡できるかを確認してから処分します。
X線室をすぐ解体する
居抜き・医院承継の可能性、貸主の返還条件、実際の遮蔽構造を確認する前に解体すると、不要な工事になる場合があります。
電子カルテをすぐ解約する
閉院後も保存・参照が必要な診療情報があります。
データの保存方法とアクセス手段を確保してから契約終了を進めます。
感染性廃棄物を解体廃材とまとめる
感染性廃棄物は医療機関側で適正な処理ルートへ回し、一般の内装解体廃材と区別します。
閉院日だけ決める
賃貸借契約、行政届出、診療録、医療機器、原状回復などの期限が別々に存在するため、明渡し日から逆算します。
閉院・テナント退去のスケジュールは明渡し日から逆算する
| 基準 | 主な確認・作業 |
|---|---|
| 明渡し日 | 立会い・鍵返却・是正完了 |
| その前 | 原状回復・内装解体完了 |
| 工事前 | 医療機器搬出・感染性廃棄物処理・X線等整理 |
| さらに前 | 居抜き・医院承継の判断 |
| 診療終了前後 | 患者対応・診療録整理・行政手続き |
| 計画開始時 | 賃貸借契約・解約予告・返還条件確認 |
クリニックの規模、診療科、設備、テナント契約によって必要期間は大きく変わります。
「閉院は3か月前から」「原状回復は1か月あればよい」など、固定期間だけで判断しない方が安全です。
クリニック閉院・テナント退去FAQ
クリニックを閉院すると決めたら最初に何を確認しますか?
まずテナントの賃貸借契約を確認します。
解約予告、中途解約、違約金、原状回復、指定業者、居抜きの可否を確認し、そのうえで閉院日と明渡し日を決めます。
クリニックの閉院日とテナント退去日は同じですか?
同じとは限りません。
診療終了後にも医療機器搬出、廃棄物処理、原状回復工事、貸主確認などが必要になるためです。
閉院したらカルテは捨てられますか?
すぐには廃棄できません。
医師法上、診療録には5年間の保存義務があります。閉院後の保存場所、管理者、電子データへのアクセス方法まで退去前に決めてください。
5年間保存すればカルテはすべて廃棄してよいですか?
診療録以外にも別の保存義務がある記録が存在することがあります。
また、診療内容・医療安全・紛争対応等からより長期間保存する運用も考えられるため、資料の種類ごとに確認してください。
後継クリニックへ患者のカルテを渡せますか?
医療機関の事業そのものを承継する場合には、個人情報保護法上の事業承継に伴う個人データ提供として扱われる場合があります。
ただし、テナント内装や医療機器だけを譲渡する居抜きと、医療事業の承継は別です。患者データを当然に設備と一緒に引き渡せるとは考えないでください。
X線装置を撤去したら届出は必要ですか?
診療用X線装置を廃止した場合には設備関係の届出を確認する必要があります。
東京都では廃止後10日以内の届出が案内されていますが、提出先・様式等は所在地の所管保健所へ確認してください。
X線室は鉛壁を必ず全部撤去しますか?
一律には言えません。
法令では必要な遮蔽性能が問題となり、すべての施設で同じ材料・構成ではありません。
退去時は実際の施工内容と賃貸借契約上の返還条件を確認します。
感染性廃棄物を内装解体業者へまとめて渡せますか?
感染性廃棄物は通常の解体廃材とは区別して適正処理する必要があります。
医療機関側で処理区分と委託先を確認し、解体工事前に整理しておく方が安全です。
医療機器をそのまま後継テナントへ残せますか?
自院所有なのか、リース・レンタル・貸与品なのかを確認したうえで、貸主条件や譲渡方法を整理する必要があります。
機器の種類によっては専門業者やメーカーへの確認も必要です。
閉院届を出せばテナント退去の手続きも完了しますか?
完了しません。
医療機関の廃止届と、賃貸借契約の解約・原状回復・明渡しは別の手続きです。
クリニック閉院は「医療」と「物件退去」を同じ工程表で管理する
クリニックの閉院では、診療所を閉じる手続きだけを終えてもテナント退去は完了しません。
反対に、原状回復工事だけを進めても、診療録や患者情報、行政届出、医療機器、感染性廃棄物などが残れば閉院実務は終わりません。
最初に賃貸借契約と明渡し条件を確認し、閉院日、患者対応、診療録保存、行政手続き、医療機器の処理、X線設備、感染性廃棄物、居抜き・承継の可能性を整理してください。
そのうえで必要な設備だけを撤去し、原状回復・内装解体、完了確認、鍵返却までを明渡し日から逆算します。
クリニック閉院時のテナント契約、医療設備撤去、居抜き、原状回復、内装解体をまとめて整理したい場合は、お問い合わせから相談できます。
