店舗の閉店・移転を考えたとき、内装や設備をすべて撤去して原状回復するのではなく、現在の状態を活かして次の出店者へ引き継ぐ「居抜き売却」を検討できる場合があります。
居抜きで成立すれば、売主側は原状回復・設備撤去の負担を抑えながら造作譲渡代金を受け取れる可能性があります。
ただし、店舗を居抜きで売却するというのは、単純に中古の厨房機器や家具を売るだけの取引ではありません。
賃貸店舗では、貸主・管理会社との調整、譲渡できる造作や設備の所有権確認、後継テナント探し、貸主による入居審査、造作譲渡契約、新しい賃貸借契約などを連動させる必要があります。
買い手が見つかっても貸主の条件を満たさなければ成立しないことがあり、反対に売却を待ちすぎると原状回復工事が退去期限に間に合わなくなることもあります。
店舗の居抜き売却では、「いくらで売るか」だけではなく、最終的にいくら手元へ残し、期限内に現在の賃貸借を終えられるかまで考えて進めます。
店舗の「居抜き売却」とは何を売るのか
賃貸店舗で使われる「店舗売却」という言葉は、土地や建物そのものを売る不動産売買とは意味が異なることがあります。
一般的な居抜き売却では、現在の借主が所有する内装・設備・什器などを次の借主候補へ譲渡します。
対象になり得るものには、たとえば次があります。
- 店舗内装
- 厨房設備
- カウンター
- テーブル・椅子
- 造作棚
- 照明
- 看板
- 空調設備
- 給排水設備の一部
- その他店舗什器
こうした内装・設備等の譲渡を「造作譲渡」と呼ぶことがあります。
一方、次の出店者がその店舗を営業場所として使用するためには、造作を買うだけでは足りません。
貸主との賃貸借関係も成立する必要があります。
典型的には、現在の借主が退去し、後継者が貸主と新しい賃貸借契約を締結します。
そのため、「造作を売れるか」と「次の借主として物件へ入居できるか」は別の確認事項です。
居抜き売却と設備買取は分けて考える
厨房機器や店舗什器を中古買取業者へ売ることと、店舗を居抜きとして次の借主へ引き継ぐことも同じではありません。
| 方法 | 主に引き継ぐもの | 相手 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 居抜き・造作譲渡 | 内装・設備・什器を店舗単位で引き継ぐ | 後継テナント | 原状回復を回避・縮小できる可能性がある |
| 設備・什器買取 | 厨房機器や家具等を単品・一括売却 | 中古買取業者 | 店舗自体は原状回復する場合でも利用できる |
居抜きが成立すれば、内装や設備を残したまま引き渡せる場合があります。
一方、居抜きが成立しない場合でも、厨房機器や什器を個別に売却できる可能性があります。
そのため、居抜き売却が不成立になったときの第二案として、設備・什器買取の可能性も残しておくと退去時の損失を減らしやすくなります。
店舗を居抜きで売却する8ステップ
1.賃貸借契約と原状回復条件を確認する
最初に確認するのは、造作価格ではなく現在の賃貸借契約です。
特に次を確認します。
- 解約予告期間
- 退去時の原状回復範囲
- スケルトン返しの特約
- 造作譲渡に関する条項
- 貸主承諾に関する条項
- 転貸・名義変更・賃借権譲渡に関する条項
- 指定業者・指定工事
居抜きで売れる可能性があっても、現在の契約上はスケルトン返しが原則になっている場合があります。
その場合は、居抜きでの引渡しを貸主に認めてもらえるか確認する必要があります。
居抜き退去そのものの契約・貸主調整については、居抜き退去で貸主の承諾を得る方法も参照してください。
2.貸主・管理会社へ居抜きの可否を確認する
買い手候補との条件を固める前に、貸主・管理会社側が居抜きでの退去を認める余地があるかを確認します。
確認したいのは、単純な「居抜きOKですか」という一言だけではありません。
- 内装・設備を残してよい範囲
- 次の借主に求める業態
- 入居審査の条件
- 造作譲渡前に必要な承諾
- 現在の借主の契約終了条件
- 後継テナントが決まらない場合の原状回復条件
- 原状回復へ切り替える期限
などを確認します。
民法では、賃借権そのものを第三者へ譲渡したり、転貸したりする場合には貸主の承諾が必要です。
一方、一般的な居抜きでは、現在の借主の契約を終了し、後継テナントが貸主と新しい契約を結ぶ形も多くあります。
そのため、「居抜き売却=賃借権をそのまま買い手へ売る」と考えず、今回どの契約形態で進めるのか確認します。
3.売却できる造作・設備の所有権を整理する
店舗内にある物がすべて現在の借主の所有物とは限りません。
売却候補は、少なくとも次のように分けます。
| 区分 | 例 | 対応 |
|---|---|---|
| 自社所有 | 自費購入した厨房機器・什器・造作等 | 譲渡候補 |
| 貸主所有 | 建物付帯設備等 | 勝手に売却しない |
| リース・レンタル | リース厨房機器・POS・複合機等 | 契約会社へ確認 |
| 所有権不明 | 前テナントから残っていた設備等 | 契約・譲渡資料で確認 |
無償で引き継いだ設備でも、自社が所有権を取得しているのであれば譲渡できる場合があります。
反対に、店舗内に置いてあっても貸主所有物やリース品であれば、借主が自由に売却することはできません。
売却募集を始める前に設備一覧を作成し、所有者を整理しておくと後の契約トラブルを防ぎやすくなります。
4.造作・設備を査定し、募集価格を決める
造作譲渡価格は、内装工事へいくら使ったかだけでは決まりません。
中古の店舗として次の出店者がどれだけ再利用できるかが重要になります。
主な評価要素には次があります。
- 内装・設備の状態
- 厨房機器等の年式・動作
- 同業態でそのまま使えるか
- 別業態へ転用しやすいか
- 立地
- 賃料・保証金等の賃貸条件
- 必要な追加工事
- 売却までに残された期間
高額な内装を作った店舗でも、次の借主が大規模な改装を必要とするなら評価されにくい場合があります。
反対に、内装工事費自体は高額でなくても、使いやすい厨房設備や動線がそろっていれば需要が見込める場合があります。
査定方法については造作譲渡の査定は何を見る?、価格設定については造作譲渡価格はいくら?で分けて解説しています。
5.後継テナントを募集する
譲渡対象と価格を整理したら、後継テナント候補を探します。
募集方法には、
- 居抜き専門の仲介・マッチングサービス
- 店舗不動産会社
- 貸主・管理会社の既存ネットワーク
- 同業者や取引先等の紹介
などがあります。
営業中の店舗では、従業員・取引先・顧客へ閉店情報が早期に伝わることを避けたい場合もあります。
その場合は、店舗名や詳細住所を非公開にした募集・相談ができるか確認します。
後継テナントの探し方は、居抜きで後継テナントを探す方法で詳しく整理しています。
6.買い手候補と貸主側の条件を同時に確認する
造作を購入したい人が現れた時点では、まだ居抜き売却成立ではありません。
買い手候補について、貸主・管理会社側で入居審査が行われる場合があります。
確認される可能性があるのは、
- 業態
- 事業内容
- 法人・個人の信用
- 資金計画
- 保証会社
- 営業時間
- 臭気・騒音
- 工事内容
などです。
そのため、売主と買主の間で造作価格がまとまっても、貸主側の入居条件を満たさなければ店舗の引継ぎが成立しない場合があります。
売却スケジュールを考えるときは、買い手探しだけでなく貸主審査・契約調整の期間も見込んでください。
期間の考え方は、居抜きの後継テナント探しは何ヶ月必要?も参考になります。
7.造作譲渡契約と新しい賃貸借契約を連動させる
居抜き売却では、造作譲渡だけ先に完全成立させると問題が起きることがあります。
たとえば買い手が造作代金を支払った後で貸主審査に通らず、店舗へ入居できない状況です。
そのため実務では、貸主の承諾や買い手の新たな賃貸借契約成立を、造作譲渡契約の成立条件として連動させる方法があります。
造作譲渡契約では、少なくとも次の内容を明確にします。
- 譲渡する設備・造作
- 譲渡しない物
- 譲渡価格
- 支払時期
- 引渡日
- 機器・設備の状態
- リース品等の除外
- 貸主承諾・賃貸借契約との関係
- 不成立時の扱い
契約内容について個別に法的判断が必要な場合は、弁護士等の専門家へ確認してください。
8.引渡しと「居抜き不成立時の原状回復期限」を管理する
居抜き売却で見落としやすいのが、不成立だった場合の対応です。
居抜き募集を続ければ続けるほどよいわけではありません。
賃貸借契約終了日までに買い手が決まらなければ、最終的には通常の原状回復・スケルトン工事へ切り替えなければならない可能性があります。
そこで、契約終了日から、
- 原状回復工期
- 貸主検査
- 是正工事
- 設備搬出
に必要な期間を逆算し、居抜き売却を諦めて通常退去へ切り替える期限を先に決めておきます。
居抜き売却を始める時期については、居抜き売却はいつから始める?も確認してください。
居抜き売却では「売却価格」より最終手残りを見る
居抜き売却を検討すると、造作がいくらで売れるかに目が行きやすくなります。
ただし、売主側の経済的メリットは造作代金だけではありません。
比較したいのは、たとえば次のような全体収支です。
| プラス要因 | マイナス要因 |
|---|---|
| 造作譲渡代金 | 仲介・造作譲渡関連手数料 |
| 原状回復費の回避・縮小 | 募集期間中の賃料 |
| 設備撤去費の回避 | 譲渡対象外設備の撤去費 |
| 設備単品売却 | 部分補修・貸主指定工事 |
たとえば高い造作価格を設定して買い手が決まらず、募集期間が長くなれば、その間の賃料負担や原状回復への切替遅れによって手残りが減る可能性があります。
反対に造作価格自体は高くなくても、原状回復費や設備処分費を大きく回避できるなら、退去全体では有利になる場合があります。
そのため、居抜き売却では「造作はいくらで売れたか」ではなく、通常退去と比べて最終的にいくら残ったかで判断します。
店舗を居抜きで売却しやすくする準備
設備・造作の一覧を早く作る
買い手が検討するときは、「内装一式」だけでは判断しにくいため、主要設備を一覧にします。
厨房機器なら、メーカー、型番、年式、動作状態なども分かる範囲で整理します。
図面と写真を残す
平面図、設備図、内装写真、厨房写真などを用意すると、買い手が追加工事を検討しやすくなります。
営業中に動作確認できる状態を残す
冷蔵庫、製氷機、食器洗浄機などは、営業終了後にライフラインを停止すると動作確認しにくくなる場合があります。
売却する設備は、営業中または停止前に状態を記録しておくとよいでしょう。
リース・貸主所有物を先に除外する
買い手との話が進んでから「その機器はリースなので譲渡できない」と分かると条件を組み直すことになります。
募集資料を作る前に所有権を確認します。
閉店期限を隠さず価格判断へ入れる
売却期限が迫っているほど、買い手を待てる時間は短くなります。
希望価格だけでなく、原状回復へ切り替える日から逆算して価格や募集条件を決めます。
居抜き売却が難しくなるケース
居抜き売却を希望しても、すべての店舗で成立するわけではありません。
たとえば、
- 貸主が居抜きでの退去を認めない
- 契約上の返還条件との調整ができない
- 賃料等の物件条件が市場に合っていない
- 設備・内装の再利用性が低い
- 希望譲渡価格が高すぎる
- 後継テナントの業態が貸主条件に合わない
- 買い手の入居審査が通らない
- 退去期限までの時間が短い
といった場合です。
居抜きでの売却が成立しない場合に備え、設備単品の買取と原状回復工事の見積も並行して準備しておくと、期限直前の判断を避けやすくなります。
店舗の居抜き売却についてよくある質問
店舗そのものを売却するのですか?
賃貸店舗の一般的な居抜き売却では、不動産の所有権そのものを売るわけではありません。
現在の借主が所有する内装・設備等を造作として譲渡し、後継テナントは貸主との賃貸借契約を別途成立させる形が多く見られます。
リースしている厨房機器も売れますか?
自社に所有権がないリース・レンタル品を、借主だけの判断で売却することはできません。
契約会社へ返却・買取・契約承継等の条件を確認してください。
貸主へ相談する前に査定してもよいですか?
匿名相談や概算査定ができるサービスはあります。
ただし、本格的に買い手と条件を確定する前には、現在の賃貸借契約と貸主側の居抜き可否を確認しておく方が安全です。
営業中でも買い手を募集できますか?
営業中から相談・募集できるサービスはあります。
一方で、閉店情報の公開範囲には注意が必要です。
従業員・取引先・顧客への影響を避けたい場合は、非公開募集や情報開示のタイミングを仲介会社と確認します。
居抜きなら原状回復費はゼロになりますか?
必ずゼロになるわけではありません。
貸主が残置を認める範囲、後継テナントへ引き継ぐ範囲、看板や私物、譲渡対象外設備、部分補修などによって費用が残る場合があります。
また、居抜きが不成立なら通常の原状回復が必要になることがあります。
居抜き退去で発生する費用全体については、居抜き退去の費用も参照してください。
造作譲渡契約を結べば売却成立ですか?
造作譲渡契約だけでは、買い手がその店舗へ入居できるとは限りません。
貸主承諾、新しい賃貸借契約、必要な入居審査などとの成立条件を確認します。
店舗の居抜き売却相場はいくらですか?
全国一律の金額では決まりません。
設備・内装の状態、再利用性、業態、立地、賃貸条件、後継テナント需要、退去までの期間などで価格が変わります。
公開されている募集価格を、そのまま自店舗の成約相場として使わない方がよいでしょう。
買い手が見つからなかったらどうしますか?
原状回復工事に必要な期間から逆算し、一定時点で通常退去へ切り替えます。
その際、売却可能な厨房機器・什器を個別買取へ回し、残りを撤去・処分する方法があります。
店舗の居抜き売却は「造作を売る」だけでは完了しない
居抜き売却を成立させるには、造作の査定額だけでなく、
- 現在の賃貸借契約
- 貸主・管理会社の条件
- 設備・造作の所有権
- 造作査定と価格
- 後継テナント募集
- 貸主審査・条件調整
- 造作譲渡契約と新しい賃貸借
- 退去期限と原状回復への切替
まで一連で管理する必要があります。
居抜きが成立すれば、造作代金を受け取るだけでなく、原状回復や設備撤去に必要だった支出を減らせる可能性があります。
一方、高値で売ることにこだわって期限を超えてしまえば、かえって退去コストが増えることもあります。
「いくらで売るか」だけではなく、通常の原状回復・設備買取・居抜き売却を並べ、最終的な手残りと退去期限の両方で判断してください。
