オフィスや店舗の退去が完了すると、賃貸借契約書や原状回復の見積書などを「もう終わった契約だから」と処分したくなることがあります。
しかし、法人の契約書や取引関係書類には税務上の保存義務が関係します。
さらに、敷金・保証金の精算、原状回復費用、追加請求などを後から確認する可能性もあります。
退去案件では、賃貸借契約書だけを残すのではなく、契約開始から明け渡し・最終精算までの資料を一つの案件として保存するのが実務上分かりやすい方法です。
退去したから賃貸借契約書をすぐ捨ててよいわけではない
契約終了と書類の保存義務は別です。
物件を明け渡し、鍵を返却し、賃貸借契約自体が終了しても、契約に関係する取引資料について税務上の保存期間が残っている場合があります。
法人の場合、取引に関して作成・受領した契約書などは、原則として一定期間保存する必要があります。
そのため、退去完了日に契約書を破棄する運用は避けます。
法人の契約書は原則7年間の保存を確認する
法人税上、法人が取引等に関して作成または受領した書類には、契約書、注文書、領収書などが含まれます。
これらは原則として7年間保存する必要があります。
ただし、保存期間の数え方は「契約締結日から7年」「退去日から7年」と単純に決まるわけではありません。
対象となる取引が属する事業年度と確定申告期限を基準に判断します。
「退去日+7年」で自動廃棄しない
たとえば3月決算法人が9月にオフィスを退去した場合でも、保存期間は単純にその9月から7年間という意味ではありません。
退去・原状回復・敷金精算等が計上された事業年度に対して、法人税上の保存期間を確認します。
社内の文書管理規程では、「契約終了日から○年」というルールを設定することもできますが、税務上必要となる期間より短くならないよう経理担当者と確認してください。
一定の事業年度では10年間保存が必要になる場合がある
法人では、青色申告書を提出した事業年度に一定の欠損金額が生じた場合など、帳簿書類の保存期間が10年間となるケースがあります。
そのため、会社全体で「契約書は全部7年で自動削除」という設定をすると、該当年度の必要書類まで消してしまう可能性があります。
書類ごとの判断が難しい場合は、経理部門が定めた最長保存期間へ統一する方法もあります。
退去案件で残しておきたい書類
賃貸借契約書だけを単独で残すより、退去案件全体を再現できる資料をまとめて保存します。
代表的なものは次のとおりです。
- 賃貸借契約書
- 重要事項説明書
- 更新契約書
- 覚書・変更合意書
- 解約通知書
- 解約通知を送付した記録
- 貸主・管理会社からの回答
- 原状回復工事の見積書
- 比較見積書
- 発注書
- 工事契約書
- 請求書
- 領収書・振込記録
- 退去立会い記録
- 原状回復に関する合意書
- 工事完了確認書
- 退去精算書
- 敷金・保証金の精算資料
- 返還金の入金記録
- 追加請求に関する資料
- 貸主・管理会社・施工会社との重要なメール
原状回復の見積書も捨てずに残す
原状回復工事では、当初見積と最終請求額が異なることがあります。
また、減額交渉や工事項目の変更が行われることもあります。
そのため最終請求書だけでなく、
- 最初の見積書
- 修正版見積書
- 減額後見積書
- 他社比較見積
- 工事項目を変更したメール
- 最終発注内容
を残しておくと、「なぜ最終的にこの金額を支払ったのか」を後から説明できます。
原状回復見積が高いと感じた場合の確認方法は内装解体・原状回復の見積が高いときの確認点も参考になります。
見積書だけ別管理にしない
見積書は契約書とは別フォルダ、請求書は経理フォルダ、退去立会い記録は総務担当者のメールという状態になると、後から一つの退去案件を追えなくなります。
可能であれば、
物件名 → 退去案件 → 契約・解約・工事・精算
という単位で関連資料をまとめます。
退去精算書も保管する
物件を明け渡した後には、
- 敷金
- 保証金
- 原状回復費
- 未払賃料
- 水道光熱費等
- 償却
- その他契約上の費用
などをまとめた退去精算書が発行される場合があります。
この精算書は、賃貸借契約が最終的にどのように精算されたかを確認する重要資料です。
テナントの退去精算書の確認方法もあわせて確認してください。
敷金・保証金の返還記録も契約書と一緒に保存する
退去精算書に「返還額○円」と記載されていても、実際に返金されたことまで確認できる資料とは限りません。
返還された場合は、
- 退去精算書
- 振込通知
- 銀行入金記録
- 相殺内容
をまとめて保存します。
原状回復費との相殺については事業用敷金から原状回復費を差し引く場合の確認点も参考になります。
解約通知を送った証拠も残す
事業用物件では、解約予告期間が長く設定されていることがあります。
後から解約日や賃料発生日について争いになった場合、「いつ通知したか」を示せる資料が重要になります。
保存しておきたいのは、
- 解約通知書
- メール送信記録
- 管理会社からの受付連絡
- 郵送記録
- 電子申請の受付画面
などです。
退去立会いの記録も残す
退去時の立会いでは、原状回復範囲や残置物、設備状態などについて口頭で確認することがあります。
口頭だけで終わらせず、
- 立会日
- 参加者
- 指摘された場所
- 追加工事の有無
- 貸主側の確認事項
- 未決事項
を記録します。
退去立会いについてはテナント退去の立会いで確認することも参考になります。
工事完了後の確認資料も保管する
原状回復工事が終わった後に貸主・管理会社から「工事完了」と確認された場合は、その記録も残します。
後から追加工事を求められた場合、いつ、誰が、どの状態を確認したかを追えるためです。
完了確認については原状回復の完了検査も確認してください。
電子契約書を紙だけ残して元データを消さない
近年は賃貸借契約書、工事契約書、見積書、請求書などを電子メールや電子契約サービスで受け取るケースが増えています。
電子的に授受した取引情報については、電子帳簿保存法による電子取引データ保存の対象になる場合があります。
「PDFを印刷したので電子メールを削除した」という運用は避け、元の電子データを保存してください。
電子取引データには契約書・見積書も含まれる
電子取引データの対象は請求書だけではありません。
電子的に授受した、
- 契約書
- 注文書
- 見積書
- 請求書
- 領収書
なども対象になり得ます。
メール添付PDFだけでなく、電子契約サービスやクラウド上で交付されたデータも含めて社内保存ルールを確認します。
紙でもらった契約書を必ず電子化しなければならないわけではない
最初から紙で受領した契約書まで、電子取引だからという理由で必ずPDF化する必要があるわけではありません。
紙の契約書は紙のまま保存する方法があります。
一方、スキャナ保存制度を利用して紙原本の代わりにデータ保存する場合は、電子帳簿保存法上の要件を満たす必要があります。
電子データは担当者個人のメールボックスだけに残さない
退去担当者が退職・異動すると、個人メールや個人フォルダにしかない資料へアクセスできなくなることがあります。
退去案件が終わった段階で、会社管理の共有ストレージや文書管理システムへ移します。
特に残すべきものは、
- 最終契約書
- 覚書
- 解約通知
- 原状回復見積
- 最終請求
- 精算書
- 完了確認
- 重要なメール
です。
ファイル名だけでも後から探せる状態にする
電子保存では、ファイルが残っていても検索できなければ実務上使いにくくなります。
たとえば、
2026-09-30_西新宿○○ビル_退去精算書.pdf
2026-08-15_西新宿○○ビル_原状回復見積_v03.pdf
のように、日付・物件名・書類種別を統一すると探しやすくなります。
未解決の精算や紛争があるなら保存期間満了でもすぐ捨てない
税務上の保存期間が過ぎたからといって、別の理由で必要な資料まで処分すべきとは限りません。
たとえば、
- 敷金がまだ返還されていない
- 原状回復費について争っている
- 追加請求を受けている
- 施工不良について協議中
- 貸主との合意内容を確認する必要がある
といった案件では、問題が解決するまで関連資料を一式残します。
民事上の請求期限と税務保存期間は別に考える
税法が定める帳簿書類の保存期間と、契約上の請求権等に関する消滅時効は別の制度です。
一般的な債権については、権利を行使できることを知った時から5年間、または権利を行使できる時から10年間という時効の原則があります。
個別案件では起算点や請求内容によって扱いが変わるため、争いが発生している場合は税務上の保存年限だけで廃棄を判断しないでください。
退去案件では「最終精算完了」を記録する
書類保管の終了判断をしやすくするため、退去案件ごとに最終精算日を記録しておきます。
たとえば、
- 物件明け渡し日
- 原状回復完了日
- 最終請求支払日
- 敷金・保証金返還日
- 追加請求なし確認日
を記録します。
「契約は終わったが精算は続いている」という状態を明確にできます。
保管フォルダは「契約中」と「終了済み」を分ける
契約書をすべて一つのフォルダへ置くと、現行契約と終了契約が混ざります。
たとえば、
- 契約中
- 解約手続き中
- 退去・精算中
- 精算完了・保存期間中
- 保存期間満了・廃棄確認待ち
のように状態を分ける方法があります。
保存期限をファイル・台帳に設定する
長期間保存すると、「いつまで残すか分からない書類」が増えていきます。
そこで案件台帳に、
- 物件名
- 退去日
- 最終精算日
- 対象事業年度
- 税務上の保存期限
- 紛争・未精算の有無
- 最終廃棄予定日
を記録します。
廃棄予定日になった時点でも未解決事項がないか再確認します。
退去関係書類を保管するときのチェックリスト
- 賃貸借契約書を保存した
- 更新契約・覚書を保存した
- 解約通知を保存した
- 解約受付記録を保存した
- 原状回復の初回見積を保存した
- 修正版・比較見積を保存した
- 発注書を保存した
- 工事請求書を保存した
- 退去立会い記録を保存した
- 完了検査の記録を保存した
- 退去精算書を保存した
- 敷金・保証金返還記録を保存した
- 重要メールを案件フォルダへ移した
- 電子取引データの元ファイルを保存した
- 対象事業年度を確認した
- 税務上の保存期限を確認した
- 未精算・紛争がないか確認した
- 保存終了予定日を台帳へ記録した
退去後の契約書保管でよくある質問
法人の賃貸借契約書は退去後何年保存しますか?
法人税上、取引に関して作成・受領した契約書などは原則7年間の保存対象です。ただし起算点は単純な退去日ではなく、該当する事業年度と申告期限を基準に確認します。また一定の欠損金等が生じた事業年度では10年間となる場合があります。
退去が終わったら契約書を捨ててもよいですか?
税務上の保存期間が残っている可能性があるため、退去完了を理由にすぐ廃棄しないでください。
原状回復の見積書も保存しますか?
保存しておくのが適切です。税務上の取引書類となる可能性があるほか、発注内容・費用交渉・最終請求額を確認する資料になります。
採用しなかった比較見積も残しますか?
法的な保存義務は文書の性質によって判断が必要ですが、原状回復費用の妥当性や業者選定経緯を説明する可能性があるなら、退去案件と一緒に保存しておくと実務上有用です。
退去精算書は契約書と同じ期間残しますか?
精算書が取引・会計処理の根拠資料となる場合は税務上の保存要件を確認します。契約書と同じ退去案件フォルダにまとめ、経理上必要となる期間を満たすよう保存すると管理しやすくなります。
メールで受け取った契約書を印刷すればメールは削除してよいですか?
電子取引で授受した取引情報については電子データでの保存が必要になる場合があります。紙印刷だけで済ませず、元の電子データを会社の保存ルールに従って保管してください。
電子契約サービスの契約を解約しても大丈夫ですか?
契約書データを別途保存してから判断してください。サービス解約後に締結済み契約へアクセスできなくなる場合があります。
敷金が返ってきたら資料を捨ててもよいですか?
敷金返還だけで税務上の保存義務が終了するわけではありません。退去精算が終了していても必要保存期間を確認してください。
原状回復費について揉めている場合は何年保存しますか?
紛争・未精算が続いている間は、税務上の最低保存期間だけで廃棄を判断しない方が安全です。契約書、見積書、メール、写真、立会い記録などを一式保管し、必要に応じて専門家へ確認してください。
写真も契約書と一緒に残しますか?
退去時の物件状態や原状回復工事前後を確認できる写真は、契約書・立会い記録と紐づけて保存すると後から確認しやすくなります。
退去書類は「契約終了」ではなく「案件終了+保存期限」で管理する
オフィス・店舗の退去書類は、鍵を返した日に役割を終えるわけではありません。
実務では、
- 契約書・覚書を確保する
- 解約通知を保存する
- 見積・発注・請求を残す
- 立会い・完了確認を記録する
- 敷金・保証金の精算を保存する
- 電子取引データを正しい形式で残す
- 対象事業年度の税務保存期限を確認する
- 未精算・紛争がある案件は継続保存する
という流れで管理します。
退去精算についてはテナントの退去精算書の確認方法、原状回復完了の確認については原状回復の完了検査もあわせて確認してください。
退去時の見積、精算、原状回復費について内容を整理したい場合は、お問い合わせから物件種別、明け渡し日、現在届いている見積・精算資料などをお知らせください。
