店舗を閉店・移転するとき、退去費用と並んで資金繰りへ大きく影響するのが敷金の返還です。
入居時に数か月分の賃料を敷金として預けている店舗では、数百万円単位の資金が貸主側に残っていることもあります。
ただし、「退去すれば預けた敷金がそのまま全額戻る」とは限りません。
未払いの賃料・共益費、契約上の償却、借主負担となる原状回復費などがあれば、敷金から差し引かれて精算される場合があります。
また、契約書に「明渡し後○日以内」「明渡し後○か月以内」など返還時期が定められていることもあります。
店舗の敷金返還では、「いくら預けたか」だけでなく、返還条件、控除項目、返還時期を契約書と最終精算書で確認することが重要です。
この記事では、店舗退去時の敷金について確認したい7項目と、返還額の考え方、敷金が返ってこない場合の確認順を整理します。
店舗の敷金とは何のためのお金?
敷金は、店舗を借りている期間中に発生する賃料などの債務を担保する目的で、借主から貸主へ預ける金銭です。
民法では、名称そのものではなく、
- 賃料
- その他の賃貸借に基づく金銭債務
を担保する目的で貸主へ交付された金銭を敷金として整理しています。
そのため契約書に「保証金」と書かれていても、実質的に賃料等の債務を担保する目的なら、敷金に近い性質を持つ場合があります。
反対に、「保証金」という名称だから必ずすべて敷金と同じ扱いになるわけでもありません。
店舗の保証金についてはART-298「店舗 保証金 返還」で詳しく扱います。
店舗の敷金はいつ返還される?
民法上の一般原則では、賃貸借が終了し、貸主へ賃貸物を返還した段階で、貸主は敷金から賃貸借に基づく金銭債務を差し引いた残額を返還します。
つまり、単に解約通知を出しただけではなく、実際の明渡しまで完了していることが重要です。
閉店日と敷金返還の基準日は同じではない
例えば、
- 8月31日:営業終了
- 9月1日〜20日:厨房機器撤去・原状回復
- 9月25日:貸主検査
- 9月30日:鍵返却・明渡し
という場合、8月31日に営業を終了したからといって、その日から敷金返還手続きが始まるとは限りません。
通常は契約終了・明渡しとの関係を確認します。
契約書に返還期限が書かれている場合がある
店舗・事業用賃貸借では、契約書に、
- 明渡し後30日以内
- 明渡し後3か月以内
- 契約終了後○か月以内
など、具体的な返還時期が定められている場合があります。
したがって、
「退去したのに翌週になっても振り込まれない」
という理由だけで返還遅延とは判断できません。
まず現在の賃貸借契約書で返還時期を確認します。
店舗の敷金返還で確認する7項目
- 預けた金銭が何の性質なのか
- 敷金の返還時期
- 償却・敷引きの有無
- 未払い賃料・共益費等
- 原状回復費の控除
- 最終精算明細
- 返還されない・遅れている場合の対応
1.預けた金銭が何の性質なのか確認する
最初に入居時の契約書・請求書を確認します。
例えば、
- 敷金
- 保証金
- 預託金
- 建設協力金
- 礼金
など、名称が異なることがあります。
重要なのは名称だけではなく、契約上その金銭が何の目的で預けられているかです。
返還される金銭と返還されない金銭を分ける
例えば礼金のように、最初から返還を予定していない金銭と、債務担保のために預けている敷金を混同しないようにします。
店舗契約では金額が大きいため、契約時の初期費用一覧を確認しておくと整理しやすくなります。
2.敷金の返還時期を確認する
賃貸借契約書の、
- 敷金
- 保証金
- 明渡し
- 契約終了
- 原状回復
に関する条項を確認します。
特に、
「乙が本物件を明け渡した後○日以内に返還する」
などの記載があるか確認します。
資金繰りでは「退去日」ではなく「入金日」を見る
新店舗への移転の場合、旧店舗の敷金を新店舗の保証金・内装費へ使いたいと考えることがあります。
しかし、旧店舗の敷金返還が明渡しの数か月後なら、新店舗契約時には資金が戻っていません。
旧店舗の敷金を次店舗の初期費用にそのまま充てる前提で資金計画を組まない方が安全です。
3.償却・敷引きの有無を確認する
店舗・事業用賃貸借では、敷金や保証金について、
- 退去時10%償却
- 解約時20%償却
- ○年未満の退去は○%償却
などの条項が設けられていることがあります。
このような契約では、預けた金額全額が返還計算のスタートになるとは限りません。
償却と原状回復費は別に確認する
例えば、
敷金500万円
退去時20%償却
なら、契約上100万円を償却する条件になっている可能性があります。
さらに原状回復費まで借主負担になる契約であれば、原状回復費が別途発生することがあります。
「償却しているのだから原状回復費は含まれているはず」とも、「原状回復費があるから償却は不要」とも一律には判断できません。
契約書で両者の関係を確認します。
償却条項は内容を読まずに諦めない
契約書に償却と記載されている場合は、
- 何%か
- どの時点で発生するか
- 解約理由で変わるか
- 原状回復費との関係
を確認します。
条項の有効性について争いがある場合など、法律判断が必要なケースでは弁護士等の専門家へ確認します。
4.未払い賃料・共益費等を確認する
敷金は賃貸借から発生する金銭債務を担保するものなので、未払いがあれば精算時に控除される場合があります。
例えば、
- 未払賃料
- 共益費
- 水道光熱費
- 契約上の違約金
- 損害賠償金
などです。
退去直前の支払いを一覧化する
店舗閉店では複数の支払いが同時に発生します。
例えば、
- 最終月賃料
- 日割賃料
- 共益費
- 電気代
- 水道代
- 原状回復費
などです。
貸主側の精算明細と自社の支払記録を照合します。
契約中に「敷金から最後の家賃を引いてください」と自己判断しない
敷金を預けているからといって、借主側が、
「最後の2か月分の賃料は敷金から払えばいい」
と一方的に支払いを止めるのは避けます。
敷金の充当方法は契約・貸主側との関係を確認してください。
5.原状回復費がどこまで控除されるか確認する
敷金返還額に大きく影響するのが原状回復費です。
例えば敷金500万円を預けていても、借主負担として確定した原状回復費が200万円あり、貸主側で施工・精算する契約なら、返還額へ影響します。
敷金は原状回復工事専用の積立金ではない
敷金は賃貸借上の債務を担保するためのお金です。
したがって、借主が負担する必要のない工事まで自由に敷金から差し引いてよい、という意味ではありません。
原状回復費を控除すると言われた場合は、
- 工事項目
- 数量
- 単価
- 借主負担の根拠
- 契約上の原状回復範囲
を確認します。
原状回復の範囲については、店舗閉店の原状回復はどこまで必要?をご覧ください。
自社で原状回復を行った場合は重複控除を確認する
例えば借主側が300万円を支払って指定どおり原状回復工事を完了したにもかかわらず、敷金精算でも同じ工事項目に相当する300万円が差し引かれていれば、内容を確認する必要があります。
実際には、
- 未施工箇所
- 貸主検査後の是正
- 追加工事
が別に発生している可能性もあります。
そのため「二重請求だ」と即断するのではなく、工事項目を照合します。
原状回復費が敷金より大きい場合もある
例えば、
- 敷金300万円
- 借主負担債務合計450万円
なら、敷金が返還されないだけでなく、不足分150万円を別途支払う必要が生じる場合があります。
「敷金の範囲までしか原状回復費を払わなくてよい」という仕組みではありません。
6.最終精算明細を確認する
退去後は、返還金額だけを見るのではなく、何を差し引いた結果なのか確認します。
例えば、
- 預託敷金
- 償却額
- 未払賃料
- 共益費
- 原状回復費
- その他債務
- 返還額
を一覧にします。
返還見込額の考え方
大まかには、
返還見込額 = 預託敷金 − 契約上の償却等 − 未払債務 − 借主負担として確定した原状回復費等
と整理できます。
ただし、実際にどの項目を控除できるかは契約・精算内容によります。
具体例
例えば、
- 預託敷金:500万円
- 契約上の償却:50万円
- 未払賃料・共益費:20万円
- 借主負担の原状回復費:120万円
なら、単純計算では、
500万円 − 50万円 − 20万円 − 120万円 = 310万円
です。
ただし実際には、消費税の扱い、工事精算方法、別途債務等が関係する場合があるため、最終精算明細で確認します。
「敷金返還率○%」という相場だけで判断しない
敷金の返還額は、
- 契約上の償却
- 原状回復範囲
- 未払債務
- 工事費
で大きく変わります。
そのため、他店舗の「敷金が80%戻った」「半分しか戻らなかった」という事例から、自社の返還額を予測するのは困難です。
返還率ではなく、自社の契約と精算項目を確認します。
7.敷金が返ってこない・返還が遅い場合
契約上の返還予定日を過ぎても敷金が返ってこない場合は、まず理由を確認します。
確認する順番
- 物件の明渡しが完了しているか
- 契約上の返還期限を過ぎているか
- 未払い債務が残っていないか
- 原状回復精算が確定しているか
- 貸主から精算明細が提示されているか
- 振込口座の情報に問題がないか
- 返還予定日を貸主・管理会社へ書面で確認する
返還額について争いがある場合
例えば、
- 原状回復費が契約範囲を超えていると考える
- 既に支払った費用が再び差し引かれている
- 契約にない償却が行われている
- 精算明細が出てこない
などの場合は、貸主・管理会社へ根拠を確認します。
金額が大きく、契約解釈や返還請求そのものについて争いになっている場合は、弁護士等の専門家へ相談することも検討します。
保証金と敷金は何が違う?
店舗物件では「敷金」ではなく「保証金」という名称が使われることがあります。
民法上、名称にかかわらず賃料等の債務を担保する目的の金銭であれば敷金に当たる場合があります。
ただし店舗の保証金には、契約によって、
- 敷金的な担保金
- 償却条項
- 据置期間
- その他の性質
が組み合わされている場合があります。
「保証金も名前が違うだけで全部敷金」と決めつけず、契約上の目的・返還条件を確認します。
店舗保証金についてはART-298で詳しく整理します。
居抜き退去なら敷金はどうなる?
居抜きで後継テナントが入る場合でも、現在の借主と貸主との契約について敷金精算が必要になります。
例えば、現在の賃貸借を終了し、後継テナントが貸主と新しい契約を締結する形なら、現在の借主の敷金をどう精算するか確認します。
後継者が決まったからといって、現在の敷金が自動的に新テナントへ引き継がれるとは限りません。
居抜きについては、店舗を閉店するとき居抜き退去できる?もご覧ください。
退去前に確認しておくとよい資料
- 賃貸借契約書
- 敷金・保証金預託時の領収書
- 契約更新時の変更契約書
- 解約通知書
- 原状回復見積書
- 工事完了報告
- 貸主検査記録
- 最終賃料等の支払記録
- 敷金精算書
店舗の敷金返還チェックリスト
- 預託した敷金額を確認した
- 敷金・保証金の性質を確認した
- 契約終了日を確認した
- 明渡し完了条件を確認した
- 敷金返還時期を確認した
- 償却・敷引きを確認した
- 未払賃料を確認した
- 共益費等を確認した
- 原状回復負担を確認した
- 原状回復費の内訳を確認した
- 既払い工事との重複がないか確認した
- 貸主検査を完了した
- 鍵・貸与品を返却した
- 精算明細を受け取った
- 返還予定額を計算した
- 返還予定日を確認した
店舗の敷金返還についてよくある質問
店舗の敷金はいつ返ってきますか?
一般原則としては賃貸借が終了し、物件を明け渡した後に、賃貸借に基づく債務を精算した残額が返還されます。実際の振込時期は契約書に具体的な返還期限が定められている場合があるため確認してください。
閉店した日に敷金は返還されますか?
通常、営業終了日と物件の明渡し日は同じとは限りません。原状回復、貸主検査、残置物撤去、鍵返却等を終えて明渡しが完了する時期との関係を確認します。
敷金は全額返ってきますか?
未払い賃料、契約上の償却、借主負担となる原状回復費等があれば控除される可能性があります。自社の契約・精算内容によります。
原状回復費は敷金から引かれますか?
貸主側で原状回復費を精算する契約等では、借主が負担すべき費用が敷金から控除される場合があります。借主側で既に工事費を支払っている場合は、同一項目が重複していないか確認してください。
敷金から最後の家賃を払ってもよいですか?
借主側が一方的に「敷金を家賃へ充当する」と決められるとは限りません。通常どおり賃料を支払い、敷金精算は契約・貸主との取り決めに従ってください。
店舗の敷金に償却があるのは普通ですか?
店舗・事業用契約では償却条項が設定されている例がありますが、割合・条件は物件ごとに異なります。相場だけではなく契約書を確認してください。
敷金と保証金は同じですか?
名称だけでは判断できません。賃料等の債務を担保する目的なら保証金という名称でも敷金に当たる場合がありますが、店舗の保証金には別の契約上の性質が含まれる場合があります。
敷金が返ってこない場合はどうすればよいですか?
明渡し完了日、契約上の返還期日、未払債務、原状回復精算、償却条項を確認したうえで、貸主・管理会社へ返還額と返還予定日の説明を求めます。契約解釈や高額な返還請求で争いになっている場合は専門家への相談を検討してください。
店舗の敷金は「預けた額」ではなく最終精算を見る
店舗退去時の敷金返還では、
- 預託金の性質
- 返還時期
- 償却
- 未払い債務
- 原状回復費
- 精算明細
- 返還予定日
を確認します。
敷金500万円を預けていても、500万円がそのまま戻るとは限りません。
一方、貸主側が提示した精算額だからといって、内訳を確認せず受け入れる必要もありません。
最終的にいくら戻るかを把握するには、契約書と敷金精算明細を照合し、何が何円差し引かれているのか説明できる状態にすることが重要です。
契約・退去手続き全体については、契約・退去手続きガイドをご覧ください。
店舗閉店時の原状回復については、店舗閉店の原状回復はどこまで必要?で整理しています。
店舗退去にかかる費用全体については、店舗の閉店・退去費用はいくら?をご覧ください。
敷金精算書や原状回復見積を受け取ったものの、何が控除対象なのか、返還見込額がいくらなのか整理できない場合は、お問い合わせから契約条件・敷金額・退去予定・現在の精算状況をご連絡ください。
