店舗やオフィスの賃貸借契約書を見ると、「敷金6か月・解約時2か月償却」「保証金20%償却」などと書かれていることがあります。
この「償却」は、退去時に実際に発生した原状回復費を計算して差し引くこととは同じではありません。
契約上、敷金・保証金のうち一定額を返還しないことをあらかじめ定めているケースがあり、事業用物件では「償却」「敷引き」「解約時償却」などの表現が使われます。
そのため退去時の返還額を確認するときは、預けた敷金・保証金から何が引かれるのかを「償却」「未払債務」「原状回復費」「その他の精算」に分けて確認することが重要です。
事業用賃貸の「敷金・保証金の償却」とは
償却とは、賃貸借契約で、預けた敷金・保証金のうち一定額または一定割合を返還しないと定める仕組みを指して使われることがあります。
たとえば、保証金300万円について「解約時20%償却」と定められていれば、契約上は60万円を返還対象から外し、残る240万円を基準としてその他の精算を行う、といった構造が考えられます。
ただし、実際の計算方法は契約書によります。
「償却」という言葉だけを見て計算せず、何を基準額として、いつ、どの割合または金額を控除するのかまで確認してください。
敷金と保証金は名称だけで判断しない
店舗では「保証金」、オフィスでは「敷金」と呼ばれるケースがありますが、名称だけで法的な性質が決まるわけではありません。
賃料やその他の賃貸借上の債務を担保するために預ける金銭であれば、名称が保証金でも敷金としての性質を持つ場合があります。
一方、保証金という名称でも、契約内容によっては建設協力金など別の性質が含まれることがあります。
そのため、
- 何のために預ける金銭なのか
- 退去時に返還されるのか
- どの部分が返還されないのか
- いつ返還されるのか
を契約書で確認します。
店舗の返還全体については店舗の敷金返還、保証金については店舗の保証金返還も確認してください。
償却条項でよくある4つの書き方
事業用賃貸借では、償却方法がさまざまな表現で記載されます。
| 記載例 | 確認する内容 |
|---|---|
| 解約時2か月償却 | どの賃料を基準に2か月分を計算するのか |
| 保証金20%償却 | 預託保証金全体の20%か、別の基準額か |
| 敷引き100万円 | 契約終了時に固定額100万円を控除するのか |
| 経過年数に応じて償却 | 何年で何%・何か月分になるのか |
同じ「償却」という言葉でも計算結果は大きく変わります。
「解約時2か月償却」はどう計算する?
たとえば、月額賃料50万円、敷金300万円で、契約に「解約時、賃料2か月分を償却する」と明確に定められているとします。
単純化すると、償却額は100万円です。
300万円から100万円を除いた200万円が、その後の返還精算の基礎になります。
ただし実際には、
- 「賃料」に共益費を含むのか
- 契約終了時点の賃料を使うのか
- 税別・税込のどちらで計算するのか
- 途中で賃料改定されている場合はどうするのか
などを契約書で確認する必要があります。
「20%償却」はどの金額の20%かを確認する
保証金500万円、償却20%なら、単純計算では償却額100万円です。
しかし、契約変更や増額・一部返還がある場合などは、何を基準に20%を計算するのかが問題になることがあります。
「保証金の20%」なのか、「当初保証金の20%」なのか、「解約時に預託されている保証金の20%」なのかを確認してください。
償却と原状回復費は同じではない
退去時に最も混乱しやすいのが、償却と原状回復費の関係です。
償却は、契約上あらかじめ返還しないと定められた金額です。
原状回復費は、店舗やオフィスを契約で求められた状態へ戻すために必要となる工事費です。
そのため、契約によっては、
敷金・保証金から償却額を控除したうえで、さらに借主負担の原状回復費等を控除する
という精算になる場合があります。
一方、償却金に原状回復費用を含ませる趣旨の契約も考えられるため、「償却があるなら原状回復費は必ず別」「償却と原状回復費は必ず同じ」とどちらにも決めつけられません。
契約書の償却条項と原状回復条項を並べて確認します。
退去精算は4種類に分けて考える
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 償却・敷引き | 契約上あらかじめ返還しないと定めた金額 |
| 未払債務 | 未払賃料・共益費など |
| 原状回復費 | 借主負担として確定した工事費等 |
| その他 | 契約上の違約金・精算金など |
これらを一括して「敷金から引かれました」と理解すると、二重計上を見落としやすくなります。
償却と原状回復費が両方引かれていても直ちに二重控除とは限らない
たとえば敷金300万円から、
- 契約上の償却60万円
- 原状回復費90万円
が差し引かれ、150万円が返還されるケースを考えます。
この場合、「60万円も原状回復費として取られ、さらに90万円も請求された」とは限りません。
償却60万円が賃貸借契約上の不返還金で、原状回復費90万円が別に発生した実費なら、別項目として扱われている可能性があります。
反対に、契約上、償却金を原状回復費へ充てる趣旨が明確であるのに同じ工事項目が再び全額請求されている場合などは、精算根拠を確認する必要があります。
見るべきなのは金額だけではなく、それぞれ何の名目で差し引かれているかです。
原状回復を借主側で既に施工している場合は精算書を特に確認する
店舗・オフィスでは、借主が自ら原状回復工事を発注し、工事会社へ代金を支払ってから貸主へ明け渡すケースがあります。
その場合、退去精算書にさらに「原状回復費」が計上されていたら、何の工事費なのか確認します。
たとえば、
- 借主工事で未施工だった部分
- B工事・指定業者工事
- 貸主側で追加対応した是正
- 既に借主が支払った工事と同じ項目
を区別します。
原状回復の追加費用については原状回復の追加費用も確認してください。
事業用の敷金・保証金の償却に全国一律の相場はない
「事業用なら敷金1か月分償却」「店舗なら保証金20%償却」といった全国共通ルールはありません。
物件、地域、用途、契約期間、賃料、貸主の条件などによって異なります。
検索で見つけた一般的な割合より、自社の賃貸借契約書に何と書かれているかを優先して確認します。
事業用の償却条項は必ず有効?
事業用賃貸借では、借主が法人の場合だけでなく、個人事業主が事業のために契約する場合も、通常の消費者契約とは異なる扱いになります。
そのため、住宅賃貸で問題になる消費者契約法上の敷引特約の判断を、そのまま事業用テナントへ当てはめることはできません。
一方で、「事業用契約に書いてある償却条項ならどのような内容でも必ず有効」と断定できるわけでもありません。
実際の争いでは、
- 契約文言
- 償却額
- 償却の目的
- 契約期間
- 中途解約条件
- その他の負担
- 契約締結までの経緯
などが問題になる可能性があります。
金額が大きい、契約文言が曖昧、貸主と借主で解釈が違う場合は、弁護士等へ契約書を見せて確認する方が安全です。
中途解約なら償却額は減る?
「10年契約なのに3年で退去するなら、償却額も3年分だけでよいのでは」と考えることがあります。
しかし、中途解約時の償却額が必ず期間按分されるという全国共通ルールはありません。
過去の事務所・保証金に関する裁判例でも、契約期間との対応から按分を認める考え方が示された事例がある一方、全額取得を認めた事例もあります。
したがって中途解約では、
- 中途解約条項
- 償却条項
- 償却時期
- 償却目的
- 残存期間
を確認します。
中途解約自体についてはテナントの中途解約、事業用定期借家の場合は事業用定期借家の中途解約も確認してください。
事業用の返還しない敷金・保証金には消費税が関係する
税務上も、返還される部分と返還されない部分は分けて考えます。
事業用建物の賃貸借に伴う敷金・保証金などについて、契約終了時に返還する部分は、資産の譲渡等の対価には該当しないため、消費税の課税対象にはなりません。
一方、契約上返還しない部分は、事業用建物の貸付けに伴う対価として消費税の課税対象になります。
そのため、契約書や精算書で、
- 返還対象額
- 償却額
- 消費税
がどのように表示されているか確認してください。
原状回復費を敷金から差し引く場合も消費税を確認する
貸主が借主に代わって原状回復工事を行い、その工事費を敷金・保証金から差し引く場合、その工事は貸主から借主への役務提供として消費税の課税対象になると整理されています。
つまり、
| 精算項目 | 消費税の基本的な整理 |
|---|---|
| 退去時に返還される敷金・保証金 | 課税対象外 |
| 契約上返還しない事業用の償却部分 | 課税対象 |
| 貸主が行った原状回復工事費を保証金等から控除 | 役務提供として課税対象 |
ただし、実際の請求・仕訳・適格請求書の扱いは契約内容や取引形態でも確認が必要です。
税務処理の確定が必要な場合は、税理士・経理担当者へ実際の契約書と精算書を確認してもらってください。
退去精算書で確認する7項目
1.当初預けた敷金・保証金
契約締結後に増額・減額・追加預託がなかったかも確認します。
2.償却額
固定額、割合、賃料月数のどの方式で計算されているか確認します。
3.償却額の消費税
事業用物件の返還しない部分について、税額の表示・計算を確認します。
4.未払賃料・共益費等
最終月の日割りや解約予告期間を含め、契約上の債務を確認します。
5.原状回復費
何の工事にいくらかかったのか、借主が既に支払った工事との重複がないか確認します。
6.その他の控除
違約金、鍵紛失、残置物撤去など別項目があれば根拠を確認します。
7.最終返還額
各控除を差し引いた結果が計算上合っているか確認します。
返還見込額はこう分解する
退去前に概算するなら、次のように項目を分けます。
返還見込額 = 預託敷金・保証金 − 契約上の償却額 − 未払債務 − 借主負担として確定した原状回復費等 − その他の契約上の控除
ただし、原状回復工事を借主側で直接支払い済みなら、その費用が再び控除されていないか確認します。
店舗とオフィスで確認ポイントは変わる
店舗
店舗では保証金という名称が使われ、解約時償却が設定されている物件があります。
厨房・ダクト・看板・給排水など原状回復費も大きくなりやすいため、償却と原状回復費を分けて返還額を試算します。
店舗の保証金返還もあわせて確認してください。
オフィス
オフィスでは敷金という名称のまま、「解約時1か月償却」などの条件が設定されている場合があります。
原状回復費やB工事費とは別項目として精算される可能性があるため、退去予算を組む段階から確認します。
オフィスの敷金返還、保証金表記の場合はオフィスの保証金返還も参考になります。
敷金・保証金の償却でよくある質問
敷金の「償却」とは何ですか?
契約上、敷金・保証金の一定額または一定割合を返還しないものとして扱う仕組みを指して使われます。具体的な金額・計算方法は契約書を確認します。
保証金償却と敷金償却は別物ですか?
名称だけで完全に別制度とは判断できません。担保目的や返還条件など契約上の性質を確認してください。
「解約時2か月償却」とは何ですか?
通常は、契約で定めた基準賃料の2か月相当額を解約時に返還しないという意味で使われます。ただし、どの賃料を基準にするか、税の扱いなどは実際の契約文言を確認します。
20%償却なら残り80%は必ず返ってきますか?
必ずではありません。残る80%から、未払賃料や契約上借主が負担する原状回復費などが控除される場合があります。
償却されたら原状回復費は払わなくてよいですか?
契約によります。償却と原状回復費を別に定めている契約もあります。償却条項と原状回復条項の両方を確認してください。
償却と原状回復費を両方引かれたら二重請求ですか?
両方が控除されているだけで直ちに二重請求とは判断できません。償却金の契約上の性質と、原状回復費の工事項目を分けて確認します。
事業用の敷金償却特約は無効にできますか?
一律には判断できません。事業目的の契約には住宅の消費者契約とは異なる点があり、契約文言や個別事情によって判断が変わります。高額な争いでは弁護士等への確認を検討してください。
中途解約なら償却も契約期間で按分されますか?
必ずではありません。中途解約時の償却について裁判例の判断も一様ではないため、契約条項・償却方法・契約期間・個別事情を確認します。
償却部分には消費税がかかりますか?
事業用建物の賃貸借に伴う敷金・保証金等のうち、契約上返還しない部分は消費税の課税対象となります。返還される部分は課税対象ではありません。
原状回復費を敷金から差し引く場合にも消費税がかかりますか?
貸主が借主に代わって原状回復工事を行い、その費用を保証金等から差し引く場合は、役務提供の対価として消費税の課税対象となります。
「いくら返るか」は償却だけで判断しない
事業用テナントの敷金・保証金では、「300万円預けたから300万円戻る」「20%償却だから80%戻る」と単純には計算できません。
確認するのは、
- 預託額
- 償却方法
- 返還しない部分の消費税
- 未払賃料等
- 原状回復費
- その他の控除
- 返還時期
です。
特に原状回復工事を借主側で既に行っている場合は、契約上の償却と、実際に発生した工事費を別々に確認してください。
敷金・保証金の精算書を受け取ったが控除項目が分からない、償却と原状回復費が重複しているように見える、中途解約時の償却額を整理したい場合は、お問い合わせから契約書の償却条項、預託額、退去時の精算内容などをお知らせください。
